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番外編:清水前モンゴル大使の伝言

今月始めまでモンゴル大使であった清水武則氏がその任を終え帰国するに当たってモンゴルの人々へ遺したメッセージがモンゴルの若い人たちに感銘を与えているそうです。
そこで探して読んだところ、モンゴルの言語と文化に深い理解をお持ちであり、厳しい注文をだしながらもモンゴルへの愛情溢れる文章であることから、日本語でも一読の価値ありとここに翻訳を試みました。

原文はこちらです↓
http://news.gogo.mn/r/197604

原文の題名は「清水武則氏:モンゴルのみなさんへの伝言」

最初に編集者の短い紹介文があり、「日本国派遣在モンゴル特命全権大使清水武則氏のモンゴルの人々にあてた伝言を全文紹介します」とあって以下清水前大使の寄稿文が載っています。

前言

1972年に日本とモンゴルは外交関係を樹立しました。モンゴルといかなる関係もなかったわたくしは1975年に日本の外務省にモンゴル担当の専門家として入省し、さらには1977年に初めてモンゴルの地を踏みました。その時から現在まで在モンゴル日本大使館で四たび仕事をし、アタッシュ(専門職員)から始めて大使の仕事まで幸運にも担当でき、日本の外務省でも6年間モンゴルに関係する仕事をしてきました。言葉を換えると、外務省で働いた全期間の半分はモンゴルやモンゴルの皆さんと直接関係していたわけです。モンゴル国が社会主義体制から民主主義と市場経済へと移行した時、またその後のモンゴル社会に起こった変化の数々、発展の過程をすぐそばで見てまいりました。日本の外交官として日本がモンゴルの発展に寄与することで日本の名声が上がる、日本の利益に適うと信じて仕事をしてきました。けれども今日の立場から振り返ってみますと、わたくしの仕事がもたらしたものは日本というよりモンゴル国の利益にいっそう適っていたのではないかという思いが生まれてきます。

11月1日ようやく正式の帰国辞令が出されたため、私はほどなく大使館での公務を命じられたことを含め41年間働いた外務省も退職します。外交官としてアメリカ合衆国とカナダにある大使館で働くとともに、外務省で国際法規、公共広告、領事、国際文化関係、国連、外務省職員の福祉など、多方面の仕事をしたことで蓄積した経験は、じっさいモンゴルで仕事をするとき大きな糧となりました。この数多くの任務、責任を引き受けたお陰で、モンゴルにおけるわたくしの仕事を遂行でき、よい結果をもたらせたと信じております。

大使の公務を辞職するにあたり、40年ほどの間モンゴル国と緊密な関係をもって働き暮らしてきた人間として、モンゴルの皆さんに向けて言っておきたいことが心に積もっており、それらをここに短くはありますが文章にし、これを「伝言」と名付けました。この記事は日本政府の立場とはなんの関係もありません。けれどもニガヨモギとタチジャコウソウの香りでモンゴルを感じ、初めてイラクサに刺されて痛みを味わったモンゴルに親愛の情を抱く一外国人としての考えと受け取って読んでいただければ、わたくしとしてはたいへん嬉しく思います。

モンゴルで一番価値あるモノは民主主義

今日の若者たちの大部分は社会主義体制を体験していません。最近まで、つまりたった26年ほど前、モンゴルの人々は個人資産を持つことを許されず、望んだ仕事や専門を選ぶ権利はなく、自分の考えを自由に表明して語る権利や自分たちの代表を選ぶ自由選挙も許されない社会で暮らしていました。自由な民主主義社会で育った現在の若者たちは当時の閉鎖的な社会の暮らしをまるで想像もできないことは理解に難くありません。当時のモンゴル国を覆っていた社会主義社会をわたくし自身が体験したことから言えば、モンゴルで最も価値あること、最も重要な成果は「自由と民主」だと思っています。民主主義が勝利しなかったなら、たとえ中国とロシアという大国間にあるという戦略的に重要な意味があり、豊富な資源に恵まれた国であったとしても、モンゴル国は今日のような重要な地位を占めることはできなかったのではないでしょうか。モンゴル国が民主主義を発展させてきたことで世界の注目の的となり、大勢の興味をひいたのです。ですから若者たちには民主化運動の成果を手にした民族の偉大な達成を守り、さらにいっそう発展させることを望みます。この社会では以前の社会主義社会と同じように全員を国家・政府に従わせることはありません。刻苦勉励し汗を流したすべての人の前に、心に適う生活の道が開け、さらには生活する権利が付与されます。誠実な労働によって成功した誰彼を羨まず、そのような人々を尊敬し、応援する人になってほしいと望んでいます。さらには自分の地位を悪用して不正に蓄財した人々を厳しく糾弾し、適正な責任を追わせることを要求する権利も民主主義社会にはあります。

国家の安全保障

国家の安全保障の基盤は国民の心に適う豊かな生活とぶれない安定した政治環境にあることをわたしたち全員が知りることであり、ここでは三つのことを強調したいと思います。

中国とロシアの真ん中に位置するモンゴル国としては隣国との関係を安定して発展させることが真っ先に要請されることは明らかです。けれども政治や経済の観点から見た一方への過剰な関わりは国家の安全保障にとってはリスクがあります。そこで隣国との関係を均等に発展させバランスよくすることが正しいということに論駁する人はいないでしょう。

一方で90年代からモンゴル国の対外政策について言えば、「第三の隣国」という表現が広く使われるようになりました。その後「第三の隣国政策」は2010年のモンゴル国国家安全保障ドクトリンに取り入れられ、2011年の外交政策ドクトリンには第三の隣国政策が正式に反映しています。三本の支柱があることは最も安定する形です。この政策はつねにモンゴルの外交政策ドクトリンの重要な部分であると思いますが、この数年、残念なことにこの言葉を耳にすることが稀になってしまいました。この政策の意義をモンゴルのみなさんが注意深く顧みて、理解し受け入れているかどうか、最近疑問を感じています。「第三の隣国」という概念をモンゴルのみなさんがただ自分たちの利益になるときだけ使おうとしても、当初から該当する国々との関係を発展させられなかったなら、それほど成果を得られないことを考えなければなりません。とりわけ経済関係においてこのことは重要です。

現在モンゴルの人々の領有する膨大な天然資源はチンギス・ハーンから受け継がれてきた遺産です。けれども最近ではこの資源はただ外国人や外国の会社の利益になるだけだという発想を持って多くの論争を引き起こすとともに、外国の会社や投資家を批判することが多くなってきました。しかしどんな問題にも裏表があります。外国人や外国の投資家に利益を持って行かれるだけで、環境に有害で、モンゴル国民の利益に反するのは許されないというのは理解されやすい。けれどもその反面、外国の会社や投資家に対し過剰な圧力をかけ、実行不可能な条件を要求するなら、かれらはモンゴルを見捨て、その結果、投資は低減し、それに連動して通貨の流入も止まります。結果として人々の生活に悪影響をおよぼし、国の経済が厳しくなるのは誰もが知ることではないでしょうか。モンゴル国の名で契約を結び、その規定を遵守せず、巨額の資金が投下された後になって契約条項を変えたことで、外国の会社は投資することに慎重になり、撤退することになりました。契約を締結したなら必ずそれに従わなければならないのです。”Pasta sunt servanda”つまり「契約は必ず守らなければならない」という意味の原則をギリシア人たちは古代から持っていました。契約の変更を要求できるにしても、変更の前に契約の内容を勝手に改変することは「約束を守らない国」という見方が世界の国々に生まれ、さらには国家安全保障、国際社会における地位、社会・経済の発展に悪影響を及ぼすことを忘れてはなりません。

それに加え、人口が少なく広大な国土を持つモンゴルのような国の地方における牧畜業に従事している人々は国の安全保障の重要な一部分を担ってきました。国境警備隊だけで国の神聖な国境を監視することはできませんから、広大な土地を移動し生活する牧民たちはかれらの「目」や「耳」となってきました。したがって牧民たちの生活を支え、かれらに生まれ故郷での平和で満足のゆく生活ができるようにし、ウランバートルを目指す人口の集中を低減させる政策が最重要課題です。

モンゴル発展の道

急速に発展するひとつの方法は地中にある鉱物資源を有効に利用して外国へ輸出し、外貨を稼ぐことです。各種関税を得て政府は予算を厚くし、財政状況を安定させ、歳入を国民のために適切に使うことが重要です。そうすれば資源に恵まれた国は発展します。しかしここには弱点もあります。資源に依存する国の国民の大部分は貧しいままです。資源のお陰で国家収入は増えるにもかかわらず、モンゴルの牧民たちの生活をただちに満足させることができないわけで、政府の政策はいっそう重要です。国家の財政は国民の生活において基盤となってきた牧畜業の生産を発展させるにあたって、今日政府の実行している政策はそれほど満足のゆくものではなく、生産性の低い基盤を広げていると指摘されています。家畜の病気との闘い、家畜の改良、皮や毛の加工、それらをより良いものにする事業が不足している結果、七千万頭余りの家畜がいるモンゴルの牧畜製品の品質は他の国より依然劣ったままです。最近の家畜の皮や毛が値の付かないほどになっているのを見ると心が痛みます。しかし政府はなぜ道路や建設といった方面に関係する大型計画にばかりに目を向けているのでしょうか。このことは国や国民のためというより政治家たち自身のための利益と関係するとマスコミになんども書かれたことには真実が含まれているでありましょう。けれどもすべてのモンゴル国民のために働く気持ちが政治家たちにあるとわたくし個人は信じています。

政治の安定、政策の継続性を失った国家に投資しようとする会社はまずないでしょう。これに関しては新内閣におおいに信を置いていますし、これまで明らかになった失敗の数々を繰り返さないでほしいと心から願っています。

今日、両国間で求められているのは、援助による政府レベルでの関係ではなく、人的直接交流、とりわけ双方に利益をもたらすビジネスでの提携による関係を深めることです。残念なことにモンゴルに投資した日本の多くの企業は損出を被ることになりました。わたしはこれらの問題を解決すべくできる限り手を尽くしましたが力不足で解決できなかったことがたくさんあります。将来このような事態が起こらないよう、互いの信頼を損ねないよう、努力することが大事だと思っております。

モンゴル国の発展のために現代のモンゴルのみなさんは、ある時代にヨーロッパ・アジアに広がる偉大な帝国を造り上げた祖先に学ばねばならないと確信しています。チンギス・ハーンという天才を誇りに思うだけではなく、チンギス・ハーンとその子孫の実行した政策を手本としなければなりません。当時のモンゴル帝国の発展はたんに武力による達成だけではありませんでした。自由貿易を進め、関税システムを効果的に実施し、外国人を公務につかせて知識と才能を活用し、信教の自由を許すなど、すばらしい特長ある政策がモンゴル帝国の成果につながっていると思います。他方、モンゴル帝国がどうしてかくもたやすく滅んでしまったのかと問うことは現代のモンゴルのみなさんにとって大切なことです。簡単に言えば、その原因は身内の権力争い、つまり内部抗争でした。じっさいこの内部抗争を利用しようとした外部勢力などいつも近隣には存在しなかったことは誰もが知るところでしょう。強大なモンゴル帝国を打ち立てたことで満足し、国家の平和、調和より個人の利益を優先したせいで崩壊したのです。モンゴル国が現在の発展のレベルで満足し、国家と国民の利益を忘れ、個人的利益を優先し、内部で権力闘争を続けるならば、いつかモンゴル帝国が崩壊した失敗を繰り返す危険に遭遇するのは避けられません。モンゴルの賢明な皆さんがこのような事態にいたる選択を決してしないことをわたくしは衷心から願っています。

すでに述べましたように、ほどなくわたくしにとって日本人のよく言う「第二」の人生が始まります。けれどもこれは無為に毎日を過ごす時間ではなく、公務に邁進していた期間にできなかった多くのことをする機会だと個人的には思っています。もちろん実行しようと計画していることどもは具体的にモンゴル国やモンゴル国民と関係することになるでありましょう。両国の関係がすべての分野にわたって進展するときに持てる力を尽くし、これまでの経験を生かして両国民を取り持ち、相互理解を確かなものとするなら、目指す目標は変わることがないと最後に言っておきましょう。それゆえ今後もモンゴル国とモンゴルの皆さんとは一度ならずお会いすることになると、またモンゴル発展の証人になると信じています。

モンゴル国とモンゴルのみなさんに天のご加護がありますように。
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番外編1 “унаа хуваалцах“(ライドシェアリング)

昨日の”Өдрийн сонин”紙電子版にモンゴルで起業した若者たちによるオンライン配車サービスが始まったという記事が出ていました。記事名は“Монгол залуус хүссэн таксигаа сонгож үйлчлүүлэх апликэйшн нэвтрүүлжээ”(モンゴルの若者たちが希望するタクシーを選ぶサービス・アプリケーションを導入)。

Монгол залуус таксины жолооч нарт болон таксигаар үйлчлүүлэх иргэдэд зориулсан апликэйшнийг дэлхийд ид хэрэглэж байгаа технологиор бүтээжээ.
(モンゴルの若者たちが、世界で広く使われている技術をもちいて、タクシーの運転手とタクシー利用者向けのアプリケーションを制作した)

このサービスを始めた“Easyride”社のCEOのМ.Амар氏によると、“Uber”,“Lyft”,“Grabtaxi”といったシステムと似たものだが、使用する地図はやはりモンゴルで新たに起業した“Mongolidea”社の“Minumap”を使用しているとのこと。

モンゴルにいたときは、急ぎの用があるときしかタクシーには乗りませんでした。バスはなかなかこなかったが安かったし、いろんな人が乗っているのを見るのが楽しかったので。タクシーには普通のタクシー会社の車もあるけれど、白タクも許されているから、道ばたに立って手を斜めに下げ(上げるのではない)、停まった車がタクシーになるわけです。

タクシーに乗ると、たいてい運転手はこちらを外国人と見て「貴方は中国人か」と訊くので(多くの人が中国人に不満をもっているから)、そのあとあれこれ話さないとならないし、接待でもしている気分になるのが嫌だったし、料金メーターもほとんどないので値段もはっきりしないしません。この記事ではいまでも1km当たり800から1000トグルクのようです。

モンゴルの現地にいないと変化の風は実感できませんが、こうした記事を読むと、新たな世代がモンゴル社会を少しずつ動かしているのだなと思います。

第370回 “Мэндчилгээ”(挨拶)

長らく更新ができず申し訳ありませんでした。

このたびモンゴルを去ることになりました。

まことに残念ですが、現地報告ができなくなりますので、このブログも終了することにいたします。

これまで訪問して下さったり、コメントを寄せていただいた皆様にはただただ感謝あるのみです。

Та бүхэндээ эрүүл энх, аз жаргал хүсье!

Баяртай!

第369回 ” Сүлд-мод буулгалаа”(新年樹撤去)

昨日夕方、チンギス広場のツリーの解体作業が行われていました。

今日は朝、煤煙が濃かったのですが、昼には風が出て薄まりました。

今冬はどうも暖冬のようで、いつもならこの時期、昼でもマイナス二桁なのですが、一桁の日が多く、とても暖かく感じます。

チンギス広場ツリー昨日まで チンギス広場2015
ツリー最終形    今日の広場



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第368回“Цөмөөхэй”(胡桃割り人形)

この“цөмөөхэй”という言葉は手元にあるどの辞書にも出ていません。

が、年末に上演される子供向けバレエといえば「胡桃割り人形」でしょう。

“Цөмөө”は胡桃や松の実などの固い種子を指します。

胡桃割り人形2014-1 胡桃割り人形2014-2
国立オペラ劇場入口前の人形付きアーチ。



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プロフィール

aiguus

Author:aiguus
ウランバートル在住。

モンゴルに来る前、初級はマスターしたつもりでした。

ところが実際に生活してみると、それが畳の上の水練だったことがすぐに分かりました。

会話がとんと聞き取れないうえ、覚えた単語の意味では理解できないことも多いのです。

理解できずにあせったこと、初めて知ったこと、巷で見聞きしたこと、そんなことどもを綴っていきたいと思います。

間違いに気づかれたり、もうそんなことはあそこに書いてあるとご存知の方は、どうぞお知らせくださるようお願いいたします。(記事はあとで加筆・訂正することがあります。情報は書かれた時点でのものです)

2015年に帰国いたしました。

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